【言語化力】「体験」と「経験」の違いについて
「体験」と「経験」の違い、わかりますか?
どちらも普段何気なく僕らが使っている言葉だと思います。
何気なく使っているけど意外と使い分けができている。
ところが違いを聞かれると結構難しい。
今回のテーマはこの体験と経験の違いについて考えてみます。
言語的な意味での違いというよりかは、
実際に僕たちがこれらをどう捉えているか、実際に僕たちにどのような意味合いがあるのか
という観点でお伝えします。
結論
「体験」は行動した事実そのもの
「経験」は体験の中でも今の自分に影響を与えたもの
こんな感じです。1つずつ解説します。
①体験は行動した事実そのもの
体験という言葉から連想されるもの
ex. 体験入部、職務体験、とりあえず体験してみた、恐怖の体験談など
イメージは、
自分から学びを得ようとせず、行動そのものを目的とするもの
偶然的なもの、何かのきっかけ、受動的なものです。
「3年間野球部で甲子園を目指して毎日練習していました。
この体験を活かして御社でも頑張ります」
なんか違和感感じません?
「野球初心者だが野球部の練習を体験してみた。」
のほうがまだしっくりきます。
②経験は体験の中でも今の自分に影響を与えているもの
経験という言葉から連想されるもの
ex. 職務経験、経験値、経験人数(性的なもの)、この経験を活かして、
イメージは行動履歴の中から学びや知見、知識、財産を得られたものを抽出したものです。
例えば中途採用の面接で「これまでの職務体験を教えて下さい」とは言わないでしょう。
職務経験ですよね。
体験したことなんて知ったこっちゃないですからね笑
経験という熟語 →(体)験を経て 獲得したもの
とも捉えられます。
つまり体験はたんなる事実、ファクトでしかなく、
ファクトを抽象化して自分の思考や価値観にプラスされたものを
経験と呼ぶのではないでしょうか。
☆僕が言いたいこと
体験と経験の違いから僕がいいたいことは
✔体験という「自分で得たファクト」がなけれけば「自分の資産となる経験」を作ることができない
✔体験をたくさんしても抽象化、内省、自分ごとにして考える、といった肉付けをしなければ経験として自分を成長させることができない
✔だが、体験をしなければ考える素材が少な過ぎで頭でっかちになる。動け、とにかくまずは動いてから始まる
体験は大量生産可能、画一的な金太郎飴です。
金太郎飴をいっぱい体験して
そこから一歩抜け出して自分だけの模倣不可能な経験を作りましょう。